京都地方裁判所 昭和50年(行ウ)8号 判決 1979年3月23日
京都府宇治市木幡御園二〇の一五四
原告
深井忠
右訴訟代理人弁護士
高田良爾
同
吉田隆行
同
渡辺哲司
京都府宇治市大久保北ノ山一五
被告
宇治税務署長 今堀和一良
右指定代理人
上原健嗣
同
小林修爾
同
山田一雄
同
竹内健治
同
吉田周一
同
中村武雄
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和四八年三月一二日になした原告の昭和四四年分、同四五年分、同四六年分の各所得税更正処分のうち、総所得金額について、四四年分は一、一四六、五四〇円、四五年分は一、六六九、七一二円、四六年分は二、二〇三、四〇五円をこえる部分並びに右各年分の過少申告加算税の各賦課決定処分をそれぞれ取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、家庭用電機器具製品の小売販売を営む者であるが、四四年分、四五年分、四六年分(以下「本件各係争年分」という。)の総所得金額についての確定申告を別表一の(一)のとおりなしたところ、昭和四八年三月一二日付で別表一の(二)のとおりの各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、前記本件各更正処分を合わせて「本件各処分」ともいう。)がなされ、これに対し、昭和四八年五月一一日付で異議を申立てたところ、同年八月八日付で右異議申立を棄却され、原告は、さらに、同年九月八日付で国税不服審判所長に対し審査請求を行ったが、昭和五〇年四月一七日付で右審査請求は棄却され、その頃右裁決書謄本が原告に送達された。
2 ところで本件各更正処分には以下にみるような違法事由があり、取消されるべきものである。
(一)(質問検査権行使の違法)
被告は原告に対する本件各係争年分の所得調査にあたり、調査の理由、その必要性等につき具体的理由を開示しておらず、質問検査権の行使は違法であり、右調査を前提とする本件各更正処分も違法である。
(二) (更正理由の不附記)
被告は原告に対する本件各更正処分の通知書に処分理由を附記していないから、本件更正処分は違法である。
(三) (所得の過大認定)
原告の本件各係争年分の所得金額は確定申告のとおりであり、本件各更正処分のうち別表一の(一)の申告総所得金額を越える金額については所得の過大認定で違法である。
3 本件各賦課決定処分は違法な本件各更正処分を前提としてなされたものであるから、違法である。
4 よって原告は被告に対し本件各処分の取消し(ただし本件各更正処分については原告の確定申告による総所得金額を超える部分につき)を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち(二)の被告が原告に対する本件各係争年分の更正通知書に処分の理由を附記しなかったことは認めるが、その余は争う。
3 同3、4は争う。
三 被告の主張
1 更正処分の理由附記について
所得税法上、更正処分に理由附記を要求されるのは青色申告に係る納税者に対する更正の場合だけであり、それ以外のいわゆる白色申告の場合の更正に理由附記を要求する規定は存在しない。本件においては原告は白色申告者であるから、理由附記がなくとも違法といえない。
2 所得調査の経緯について
(一) 原告提出の本件各係争年分の確定申告書(白色申告)には、専従者控除額、事業所得金額の記載はあるものの右事業所得金額算出の基礎となる収入金額及び必要経費の額の記載がなく、他に収支の明細を明らかにする書類の添付もなかった。
(二) そこで、被告の部下職員が昭和四七年五月一九日から昭和四八年二月一六日までの間に前後一〇回にわたり、本件各係争年分の所得税に関する調査のため原告方に赴き、原告に対し本件各係争年分に係る事業所得金額の内容につき質問し、帳簿書類の提示を求めたところ、原告は本件各係争年分の事業所得金額の算出基礎となる帳簿書類については、右職員の再三の提示要求にもかかわらずこれを提示せず、かつ、前記確定申告書に記載された事業所得金額の算出根拠について具体的な説明を全くなさなかったため、原告の本件各係争年分の事業所得金額を実額で把握することは不可能な状態であった。
3 本件各更正処分の根拠
原告の本件各係争年分における総所得金額の算出根拠は左記のとおり(別表二参照)であり、本件各更正処分はいずれもその総所得金額の範囲内でなされているから適法である。
(主位的主張)
(一) 昭和四四年分の総所得金額の算出根拠
<1> 売上金額 七五、〇一六、五九二円
<2>の売上原価を四四年分の同業者四三名の平均原価率八〇・一一%(別表四の(一)参照)で除した金額(雑収入を含む。)である。
<2> 売上原価 六〇、〇九五、七九二円
別表三の仕入先からの四四年分の仕入金額の総和である。
<3> 一般経費 四、五一五、九九九円
<1>の売上金額に四四年分の同業者の平均経費率六・〇二%(別表四の(一)参照)を乗じた金額である。
<4> 雇人費 五、一一六、一三二円
<1>の売上金額に原告の昭和四六年分の雇人費率六・八二%(後記の四六年分売上金額一二八、二一一、四九二円と同年分雇人費八、七四〇、〇〇〇円との比率)を乗じた金額である。
<5> 専従者控除額 一五〇、〇〇〇円
深井正夫についての金額である。
<6> 事業所得金額 五、一三八、六六九円
<1>より<2>ないし<5>の総和を差し引いた金額でこれが総所得金額にもなる。
(二) 昭和四五年分の総所得金額の算出根拠
<1> 売上金額 一二六、五九四、五八四円
<2>の売上原価を四五年分の同業者の平均原価率八〇・八二%(別表四の(二)参照)で除した金額である。
<2> 売上原価 一〇二、三一三、七四三円
別表三の仕入先からの四五年分の仕入金額の総和である。
<3> 一般経費 七、九一二、一六二円
<1>の売上金額に四五年分の同業者の平均経費率六・二五%(別表四の(二)参照)を乗じた金額である。
<4> 雇人費 八、六三三、七五一円
<1>の売上金額に原告の四六年分の雇人費率六・八二%を乗じた金額である。
<5> 専従者控除額 一五〇、〇〇〇円
深井正夫についての金額である。
<6> 事業所得金額 七、五八四、九二八円
<1>より<2>ないし<5>の総和を差し引いた金額でこれが総所得金額にもなる。
(三) 昭和四六年分の総所得金額の算出根拠
<1> 売上金額 一二八、二一一、四九二円
<2>の売上金額を四六年分の同業者の平均原価率八〇・九四%(別表四の(三)参照)で除した金額である。
<2> 売上原価 一〇三、七七四、三八二円
別表三の仕入先からの四六年分の仕入金額の総和である。
<3> 一般経費 七、一六七、〇二三円
<1>の売上金額に四六年分の同業者の平均経費率五・五九%(別表四の(三)参照)を乗じた金額である。
<4> 雇人費 八、七四〇、〇〇〇円
原告が審査請求において担当審判官に提出した四六年分収支計算表(乙第一号証)記載の金額である。
<5> 専従者控除額 一六五、〇〇〇円
深井正夫についての金額である。
<6> 事業所得金額 八、三六五、〇八七円
<1>より<2>ないし<5>の総和を差し引いた金額でこれが総所得金額にもなる。
(予備的主張)
(一) 昭和四四年分の総所得金額の算出根拠
<1> 売上金額 七〇、七〇〇、九三一円
原告は、本件審査請求の段階で、担当審査官に対し昭和四六年分について売上金額一二〇、五〇三、一八〇円、売上原価一〇二、四二七、七一六円と申し立てた(乙第一号証)が、これによると原価率は八五・〇〇%となり、これで後記売上原価六〇、〇九五、七九二円を除したもの。
<2> 雑収入 三、四一九、五七六円
別表三の仕入先からの四四年分のリベートである。
<3> 売上原価 六〇、〇九五、七九二円
別表三の仕入先からの四四年分の仕入金額の総和である。
<4> 一般経費 四、〇九三、五八四円
前記<1>と同様の原告申し立ての昭和四六年分の売上金額一二〇、五〇三、一八〇円、一般経費六、九六七、〇五九円により算定した同年分の一般経費率五・七九%を<1>の売上金額に乗じた金額である。
<5> 雇人費 五、〇六二、一八七円
前同様に原告申し立ての昭和四六年分の売上金額、雇人費(八七四、〇〇〇円)により求めた同年分の雇人費率七・一六%を<1>の売上金額に乗じた金額である。
<6> 専従者控除額 一五〇、〇〇〇円
深井正夫についての金額である。
<7> 事業所得金額 四、七一八、九四四円
<1>と<2>の和より<3>ないし<6>の総和を差し引いた金額でこれが総所得金額にもなる。
(二) 昭和四五年分の総所得金額の算出根拠
<1> 売上金額 一二〇、三六九、一〇九円
<3>の売上原価を前記四六年分の原価率八五・〇〇%で除した金額である。
<2> 雑収入 六、九一〇、六九七円
別表三の仕入先からの四五年分のリベートである。
<3> 売上原価 一〇二、三一三、七四三円
別表三の仕入先からの四五年分の仕入金額の総和である。
<4> 一般経費 六、九六九、三七二円
<1>の売上金額に前記の四六年分の一般経費率五・七九%を乗じた金額である。
<5> 雇人費 八、六一八、四二九円
<1>の売上金額に前記の四六年分雇人費率七・一六%を乗じた金額である。
<6> 専従者控除額 一五〇、〇〇〇円
深井正夫についての金額である。
<7> 事業所得金額 九、二二八、二六二円
(三) 昭和四六年分の総所得金額の算出根拠
<1> 売上金額 一二二、〇八七、五〇八円
<3>の売上原価を前記四六年分の原価率八五・〇〇%で除した金額である。
<2> 雑収入 四、八五四、八五一円
別表三の仕入先からの四六年分のリベートである。
<3> 売上原価 一〇三、七七四、三八二円
別表三の仕入先からの四六年分の仕入金額の総和である。
<4> 一般経費 七、〇六八、八六七円
<1>の売上金額に前記四六年分の一般経費率五・七九%を乗じた金額である。
<5> 雇人費 八、七四〇、〇〇〇円
原告が審査請求時に主張した金額である。
<6> 専従者控除額 一五〇、〇〇〇円
深井正夫についての金額である。
<7> 事業所得金額 七、一九四、一一〇円
<1>と<2>の和より<3>ないし<6>の総和を差し引いた金額でこれが総所得金額にもなる。
4 推計について
(一) 本人比率について
昭和四六年分の原価率、一般経費率、雇人費率を昭和四四年分、昭和四五年分にも適用するのは、昭和四六年分と事業内容等に格別の変化があるとは認められないからである。
(二) 同業者率について
(1) 本件の同業者率は、原告の各事業所を所轄する宇治、伏見及び下京の各税務署管内で、原告と同種の事業を営む納税者のうち、以下の方法により抽出された四三名(以下「同業者四三名」という。)の原価率及び一般経費率の平均値(別表四の(一)ないし(三)参照)である。
(2) 右同業者四三名は、大阪国税局長が、昭和五二年六月一三日付通達(乙第六三ないし第六五号証の各一)をもって前記各税務署長に対し、後記(三)にみる抽出基準に該当する者の売上金額、売上原価、一般経費の各金額及び原価率、一般経費率の報告を求めたところ、前記各税務署長から、該当者合計四三名についての報告(乙第六三ないし第六五号証の各二)があったものである。
(3) 右同業者四三名は次の抽出基準に該当する者全員を抽出した。
<1> 本件各係争年分において、継続して事業を営む個人(中途開廃業、法人成等は除く。)であること。
<2> 本件各係争年分を通じ、青色申告書を提出している者(当該申告に係る決算書に推計部分があると認められる者及び不服申立若しくは訴訟係属中の者は除く。)であること。
<3> 事業所が宇治、伏見、下京のいずれかの税務署の管内にある者であること。
<4> 家庭用電機器具の小売業者(卸、電気工事請負その他兼業種目のある者は除く。)であること。
四 被告の主張に対する認否及び反論
1 被告の主張1のうち、原告が白色申告者であることは認めるが、その余は争う。
2 同2の(一)は認める。同2の(二)のうち、下京税務署長の部下職員の調査があり原告が本件各係争年分の帳簿書類の提示を求められたが、原告がこれを提示しなかったことは認め、調査の回数は否認し、その余は不知。
3 同3のうち、原告の仕入先が別表三記載のとおりであること及び専従者控除額は認めるが、その余は否認する。
4 原告の本件各係争年分における事業所は吉祥院店(京都市南区吉祥院中島町三〇の四)、宇治店(宇治市木幡御園町二〇の一五四)の二店であり、醍醐店(京都市伏見区醍醐下川口町一の四〇)は原告の弟である訴外深井敏雄が経営するものであるから、醍醐店を含めた三店舗を原告の事業所とする本件各係争年分の推計は合理性がない。
5 本件各係争年分の推計の前提となる同業者四三名についてはその住所・氏名の記載がなく、原告と同種業者か、或は、被告主張の者が照会による調査対象者に該当するか等は一切不明であり、原告の反論の機会を奪う証拠方法として証拠価値が否定されるべきである。さらに推計資料となる標本が合理性を有するためには単なる平均値では足りず、原告と売上規模が同一であることが絶対的な条件というべきところ、本件の同業者四三名には原告と同一規模の業者は皆無である。よって、本件の推計には合理性がない。
五 被告の再反論
1 原告は当初は醍醐店を含めた三店舗を事業所と認めながら、後に醍醐店は弟の深井敏雄の経営であるから右三店舗を原告の事業所とする本件の推計には合理性がない旨主張を変更したが、右主張は不誠実で禁反言の法理に反するのみならず、原告は、吉祥院店のほか、昭和三九年九月に宇治店の店舗を取得し、昭和四三年九月に当時居宅であった場所に醍醐店を開設したものであり、本件昭和四四年ないし四六年においては、深井敏雄は原告の雇人として勤務し、その旨の給与所得についての確定申告書も提出しているのであり、同人が醍醐店で独立したのは、本件係争年後の昭和四七年三月二一日以降である。
2 仮に醍醐店が原告の本件係争年における事業所でないとしても、同業者を選出する区域は事業所所在区域の近隣であっても推計の合理性は失なわれないものというべきである。また、醍醐店を管轄する伏見税務署管内の同業者を除外した場合の同業者率は別表四の(一)ないし(三)のとおりになり、むしろ原告には不利となる。
第三証拠関係
一 原告
1 甲第一号証ないし第五号証。
2 乙第二号証ないし第六二号証はいずれも官署作成部分の成立のみ認め、その余の部分の成立は不知。第六三号証ないし第六五号証の各一、二の成立は不知。その余の乙号証の成立は認める。
二 被告
1 乙第一号証ないし第六二号証、第六三号証ないし第六五号証の各一、二、第六六号証の一ないし三、第六七号証の一ないし四、第六八号証。
2 証人山下功、同般戸正一。
3 甲号各証の成立はいずれも認める。
理由
一 請求原因一項の事実(原告の営業、本件各処分の存在、課税の経緯)については当事者間に争いがない。
二 本件各処分の適法性の有無
1 理由附記の要否について
原告がいわゆる白色申告者であり、本件各係争年分の更正通知書に処分の理由が附記されていなないことについては当事者間に争いがなく、原告は右理由不附記が違法であると主張する。
ところで、現行法上白色申告書に係る更正について理由附記を要求する明文の規定は存在せず、所得税法一五五条二項は青色申告書に係る更正についてのみ理由附記を要求しているところ、右規規定の趣旨は、青色申告書提出承認のあった所得についてはその計算を法定の帳簿書類に基づいて行なわせ、その帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正されることのないよう保証している関係上、特に更正が帳簿書類に基づいているかあるいは帳簿書類の記載を否定しうるだけの信憑力ある証拠によるものであるという処分の具体的根拠を明確にする必要があることに帰因するものであるから、法定の帳簿書類に基づく所得計算が制度上要求されていない白色申告の場合にまで右規定を類推適用する余地はないというべきである。
よってこの点に関する原告の主張には理由がない。
2 質問検査権の行使の適否について
原告は本件各更正処分が違法な調査に基づくから違法であると主張する。
国税通則法二四条、所得税法二三四条一項は税務職員が一定の処分をなすに際し税務調査としての質問検査をなしうる旨規定しているが、その実施の細目については実定法上なんら規定していないから、質問検査の範囲、程度、時期、場所等については質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲内である限り税務職員の合理的選択に委ねられていると解され、調査の具体的必要性、理由を開示しなかったとしてもそれが社会通念上相当な範囲内である限り適法な税務調査というべきである。
これを本件についてみるに、原告が被告に提出した本件各係争年分の所得税確定申告書に記載されていたのは専従者控除額 事業所得金額のみであり、事業所得金額算定の基礎となる収入金額及び必要経費の額の記載がなかったため、被告の部下職員が本件各係争年分の所得調査のため原告方を訪れ、その事業所得について質問し帳簿書類の提示を求めたが、原告が右帳簿等を提示しなかったことは当事者間に争いがなく、また、右帳簿書類の不提示の理由につき主張 立証もないのであるから、右職員が原告の所得調査をなすことは相当であり、仮に原告の主張するように右職員が調査の具体的必要性、理由を開示していなかったとしても、それのみをもって右税務調査が社会通念上相当な範囲を逸脱しているものとは認められず、他に右税務調査が違法であるとすべき主張立証もないから、原告の右主張には理由がない。
3 進んで、本件各更正処分における原告の事業所得額認定の当否につき判断する。
(一) 推計の必要性、合理性について
(1) 本件各更正処分は一部推計によっているが、前記2において認定した税務調査についての争いのない事実によれば、原告の本件係争年分の事業所特についての収入金額及び必要経費を明らかにする帳簿書類等の資料の提示がなかったのであるから、右推計による必要性があると判断した点に違法はないというべきである。
(2) また推計課税が適法であるためには、採用した推計方式自体に合理性があり、推計の基礎事実の選択が事案にとり適切であることすなわち推計の合理性を必要とするところ、証人般戸正一の証言とこの証言によりその成立を認める乙第六三ないし第六五号証の各一、二によれば、大阪国税局長は本件訴訟の資料に供する目的で昭和五二年六月一三日付で宇治、伏見、下京の各税務署長に対して通達をなし、右各税務所管内に納税地を有し家庭用電気器具小売業を営む個人業者で本件係争年分につき被告主張の要件(被告の主張4の(二)の(3)参照)に該当する者全部の報告を求めたこと、これに対して前記各税務署長はその管内において右要件に該当する同業者全部(合計四三名)につきその住所、氏名、売上金額、売上原価、一般経費、原価率、一般経費率を記載した報告書を作成し、大阪国税局長に提出したが、その際納税者の秘密保持の見地から、右報告書を裁判所に提出する際には納税者の住所、氏名が公表されないようにとの要請があり、被告も本訴において右同業者の住所、氏名を明らかにせず、被告は右報告書に基づき同業者の平均原価率、平均経費率を算出し、原告の本件各係争年分の所得金額を推計したことが認められる。
右の認定事実によれば、被告は同業者四三名を無作為、機械的に選択しているのであり、被告の恣意が介入する余地は少ないほか、その選択にあたっても原告の事業所が存在する宇治、伏見、下京の各税務所管内に限定したうえ、その主張する前記要件に該当する者全部を対象者としており、また、青色申告書はその営業に関する帳簿書類の備付けにより事業所得に関する取引が正確に算出されたものというべく、これを基礎に推計をすることは合理性があるというべきである。
(3) 原告は右推計が原告の事業所でない醍醐店を含めて原告の事業所と認定しており合理性を欠く旨主張するが、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、乙第六六号証の一ないし三、同第六七号証の一ないし四、同第六八号証、官署作成部分の成立は争いなく、その余の部分は証人山下功の証言により成立を認めうる乙第二ないし第六二号証によれば、原告は昭和四〇年頃から吉祥院店(京都市南区吉祥院中島町所在)及び宇治店(肩書地所在)において家庭用電気器具の小売業を営んでおり、昭和四三年九月頃醍醐店(京都市伏見区醍醐下山口町所在)を開設したこと、原告の弟深井敏雄は、昭和四四年ないし昭和四六年においては原告の雇人として勤務し、給与所得の確定申告のみをなしていたこと、昭和四七年三月二一日以降は、深井敏雄が醍醐店を他の店から独立させて同人の経営するものとして京都ナショナル電器株式会社と新規取引を開始し、昭和四七年分からは同人が右醍醐店における事業所得について確定申告書を提出している事実が認められ、この認定に反する証拠はない。右事実によれば、本件係争年である昭和四四年ないし四六年の醍醐店における営業の主体は原告と認めるのが相当である。
原告は右同業者の氏名、住所が不明で証拠価値はなく、又、同業者に原告と同一規模の者は皆無で推計の合理性を欠く旨主張するが、所得税法二三四条は所得税の調査関与者の守秘義務違反に対し限定を付することなく刑罰を科していることに照らせば、他に適切な資料のない場合においては、同業者の住所、氏名を明らかにせずしてその計算を推計の資料とすることもやむをえないというべきであり、原告において帳簿書類等の資料を提示して反証をなすことも可能であるから、同業者の住所、氏名を明らかにしないことをもって推計を不合理とする理由となしえず、また、同業者の営業規模の同一性は推計の絶対の要件とはいえないから、原告の右各主張はいずれも採用できないところである。
(二) そこで以下被告主張の各項目毎の金額につき判断する。(以下各項目の金額については別表二参照。但し( )内の数字を除く。)
(1) 売上原価
前掲乙第二ないし第六二号証によれば原告の本件係争年分の総仕入金額(売上原価)は別表三のとおりであつて、その合計は昭和四四年六〇、〇九五、七九二円、四五年一〇二、三一三、七四三円、四六年一〇三、七七四、三八二円と認められる。
(2) 売上金額
前掲乙第六三ないし第六五号証の各二によれば同業者四三名の平均原価率は四四年八〇・一一%、四五年八〇・八二%、四六年八〇・七〇%と認められ、(1)の売上原価を右原価率で除せば、売上金額は四四年七五、〇一六、五九二円、四五年一二六、五九四、五八〇円、四六年一二八、二一一、四九二円となる。
(3) 一般経費
前掲乙第六三ないし第六五号証の各二によれば、同業者四三名の平均経費率は、四四年六・・〇二%、四五年六・二五%四六年五・五九%と認められ、(1)の売上原価に右経費率を乗じれば、一般経費は四四年四、五一五、九九九円、四五年七、九一二、一六二円、四六年七、一六七、〇二三円となる。
(4) 雇人費
成立に争いのない乙第一号証によれば、原告の昭和四六年分の雇人費の金額は八七四、〇〇〇円と認められ、同年分の前記売上金額一二八、二一一、四九二円に対する比率(雇人費率)は六・八二%と認められ、弁論の全趣旨によれば本件係争各年の間において原告の事業内容に格別の変化が認められないから、右認定の雇人費率と売上金額とにより雇人費を算定すると、四四年は五、一一六、一三二円、四五年は八、六三三、七五一円となり、四六年は右の八、七四〇、〇〇〇円というべきである。
(5) 専従者控除額
昭和四四年、四五年分の専従者控除額が各一五〇、〇〇〇円、四六年が一六五、〇〇〇円であることについては当事者間に争いがなく、他に右と異なる証拠はない。
(6) 事業所得金額
以上認定の(2)の各売上金額より(1)及び(3)ないし(5)の各経費を控除すると、各年の事業所得金額は四四年分五、一三八、六六九円、四五年分七、五八四、九二八円、四六年分八、三六五、〇八七円となり(別表二参照、但し( )内の数字を除く。)、他の各種所得の主張、立証はないからこれが原告の本件係争年分の総所得金額となる。
三 以上によれば、本件各更正処分はいずれも右認定の各年分の総所得金額の範囲内でなされており適法というべく、また、右更正処分を前提とした本件賦課決定についても適法と認められる。
したがって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 野崎薫子 裁判官 岡原剛)
別表一 (課税経過表)
別表二 (総所得金額の算出根拠)
別表三 売上原価(仕入金額)及び雑収入(リベート)一覧表
別表四の(一) (昭和44年分 同業者率表)
別表四の(二) (昭和45年分 同業者率表)
別表四の(三) (昭和46年分 同業者率表)